転職成功者インタビュー

株式会社タジマ
齋藤雅史さん(設備保全) 43歳

親元の近くへの移住を決意。Iターンで設備管理のキャリアを活かせる会社へ。

大学で機械システム工学を学び、卒業後は製造業で設備導入や保全業務に携わってきた齋藤さん。今回、大阪から長野へIターン移住を決めたのは、夫婦それぞれの親の体調を考え、双方の実家の中間地点に生活拠点を置きたかったことが理由だ。

子どもの小学校入学に間に合うように移住しようと決め、前年の夏から転職活動を開始。やりたい仕事、立地、収入面などクリアしたい項目がいくつもあるなか、縁が繋がったのは長野県上田市の株式会社タジマだった。

「以前よりも家族と過ごす時間が増えて、転職してよかったと思っています。次はこの場所で、いかに自分が頑張っていくかです」。そう語る齋藤さんの転職ストーリーを紹介しよう。

※本記事の内容は、2022年12月取材時点の情報に基づき構成しています。

転職回数
2回
転職期間
エントリーから内定まで163日間

転職前

業種
液晶ガラスメーカー
職種
設備保全
業務内容
保全:トラブル対応、定期メンテ(部品の定期交換や設備の定期点検)、技術:新規設備導入、改善につながるような設備改造

転職後

業種
半導体製造装置部品メーカー
職種
設備保全
業務内容
マシニング、旋盤といった機械加工設備のトラブル対応、予防保全や作業短縮につながるような改善活動

子どもが小学生になるタイミングで長野へ。市の移住支援策も活用。

現在のお仕事はどんな内容ですか?

株式会社タジマは長野県上田市にある金属加工会社で、特に精密切削加工の技術に定評があり、事業のメインは半導体製造装置の部品加工です。

私は特命部という部署に所属していて、工場の生産設備の保全やトラブル対応、改善などを担当しています。

入社前のご経歴を教えてください。

出身は埼玉県で、長野の大学に進学して工学部の機械システム学科で学びました。卒業後、教授の紹介で埼玉県にある表面処理の会社に入社しました。

正社員が50人くらいの小規模な会社だったので、設備の保全や新規導入から、現場サポートに客先対応など、いろいろな業務を経験しました。

もともと設備を担当したかったのですが、リーマンショックを境に生産部門に配置換えとなり、このままでは設備担当には戻れないと感じて転職しました。

2社目は大阪にある液晶ガラス製造を手掛けるメーカーで、拠点が海外を含めて幾つもあり、配属されていた工場だけでも従業員が数百人という規模の大きい会社でした。

ここでは設備技術課に配属になって設備導入を担当し、5年ほどして大きな仕事が一段落したタイミングで保全課に移りました。

転職のきっかけは?

家庭の事情なのですが、自分の実家がある埼玉と、妻の実家がある長野県北部の中間地点に移住したかったというのが理由です。どちらの親も体調に心配なところがあり、できるだけ近くに住みたいと、前々から考えていました。

ちょうどコロナの影響でなかなか会いに行けなくて、孫の成長も見せてあげたいのに、このまま大阪にいたら一生会えないかもしれないとも思いましたね。

妻とは「子どもが小学生になるタイミングで引っ越すのが一番いいよね」と話していて、それに合わせて前年の夏から転職活動を始めました。もし良い転職先がなければ、そのまま大阪に残るという選択肢も残しつつのスタートでした。

転職活動はどのように進めましたか?

それぞれの実家の中間地点が長野県東部になるので、まずは大手転職サイトに長野県への転職希望で登録しました。いくつかアプローチをもらうなかで、リージョナルキャリア長野(運営会社:株式会社エンリージョン)のコンサルタントの浦野さんから連絡をいただき、「長野へのIターンをサポートしています」との話だったので、自分にぴったりだなと思ってお願いすることにしました。

浦野さんは初めて話をしたときからすごく聞き上手な方だなと感じて、印象がとても良かったので、転職支援は浦野さんだけにお願いする形にしました。

一方で、大学時代の友人からの紹介で選考を受けた会社もありました。

今の会社に決めたポイントは?

最終選考まで行ったのがタジマと友人紹介の会社で、タジマにて内定となったため入社を決めました。他にも選考を受けていた企業に比べると、タジマのアクションがすごく早くて、大阪から足を運んでいる自分にとってはそれもありがたかったので、早いうちに候補を絞りました。

工場見学に行ったときの雰囲気や、面接のときの上司のみなさんも好印象でしたね。上田市という立地も良くて、両方の実家に車または新幹線を使って1時間半くらいで行けるというのも魅力でした。

ただ、実は内定後もかなり迷っていました。ネックになったのは年収が前職より下がるということ。妻と「もう一度転職先を探してみようか」という話もしていたのですが、そのタイミングで浦野さんが、上田市が実施している三大都市圏からの移住者向け支援金制度(2021年度実施分)を教えてくれたんです。

もともと、長野に移住し転職すれば年収が下がることは分かっていて、下がり幅をどれだけ抑えられるかが課題だったので、この支援金があれば、子どもが成長して妻が働きに出られるまでの数年間は助かる、ということで最終的な決め手になりました。

半導体業界の活況を感じる職場。ここから自分がどう頑張っていくかが大事。

転職していかがですか?

設備に関しては、機械そのものは前職で扱っていたものより小さいのですが、小さいから簡単かというとそうではなくて、機能や技術が凝縮されている印象です。設備レベルは高いと感じています。

驚いたのは「この設備でなければ、この加工ができない」というものが、ほぼ無いということ。1台、2台機械が故障して止まったとしても、違う機械を使って加工できるように代替がちゃんとあって、トラブルが起こっても納期や品質に影響を出さないよう、リスクマネジメントがしっかり出来ているんですね。それが会社の成長理由のひとつなんだな、と思いました。

それから、いま半導体業界は繁忙期が続いていて、その活況を感じる雰囲気があります。私が入社した後も現場を中心に何人か入社してきていますし、会社が伸びている時期なんだと感じています。

転職して良かったと思うことは?

移住後、妻の実家にも、自分の実家にも何度も行けていて、親の顔を見ることができているので、転職してよかったと思いますね。

夏休みには、妻と子どもが妻の実家に泊まりで遊びにいって、楽しんでいました。子どもを育てる環境も良くなったと思います。

困っていることや課題はありますか?

これからいかに自分が頑張って、年収を転職前に戻せていけるかが課題かなと思います。それが叶って、本当の意味での転職成功と言えるのかもしれませんが、現状、仕事に関しては順調かなと思っています。

生活面の変化はありましたか?

時間に余裕が出来て、子どもと過ごす時間も増えました。前職では機械にトラブルがあると夜でも呼び出されたので、家族そろって夕食をさあ食べよう、という時に出かけなければならないこともあったんです。今はそういうこともないので、妻の気持ちの部分の負担も減ったのではと思います。

転職を考えている人にアドバイスをお願いします。

ひとつには、転職活動は会社側が候補者を選んでいると同時に、求職者側も会社を選ぶ立場なので、求職者側が変に下手に出る必要はないと思います。お互い対等であり、お互いが選びあって、お互いの利益が合致したときに縁が結ばれるのだと思うんですね。そのため、自分がこれまでやってきたことを職務経歴書に書いて、冷静なスタンスで向かうことが大事だと思います。

面接の時に、自分の力が100だとしたら、120とか150ぐらいに盛ってアピールしてしまいそうになるけれど、それはやめた方がいいと思いますね。面接官はそれを見抜く力があると思うので、正直な自分の力を平常心で伝えることがいいと思います。あとは落ちてもクヨクヨしない。縁はあるところには必ずあると思います。

担当コンサルタントから

コンサルタント 
浦野 順也

齋藤さんは初めてお話したときからオープンマインドで裏表がなく何でも正直にお話される方という印象でした。初回の面談からたくさんお話をしてくださいましたが、特に印象に残っているのは面談の最後に「長野県への転職は浦野さんにお任せします」と言っていただいたことです。

純粋にその期待に応えたい!と思いましたが、移住を伴う転職はクリアすべきことが多く、うまく進まないこともありました。しかし、お互いに信頼し合って対等な立場で率直に意見を交わすことで、何をクリアすればよいかを正確に理解できていたので、最終の決め手となった支援金のご提案をすることが出来たのだと思います。

齋藤さんにとって、本当の意味での転職成功はこれからかもしれませんが、暮らしたいところで思いきり働いている齋藤さんであれば大丈夫です。これからも意見を交わし合える関係でありたいと思いますので、よろしくお願いいたします!

関連情報

求人情報

転職成功者インタビュー一覧

ページトップへ戻る