別荘を通じて豊かな時間と記憶をつなぐ。軽井沢の価値を守り続ける仕事。
株式会社FunBase
代表取締役社長 設楽 力也
神奈川県生まれ。
2008年 株式会社ワタベアンドカンパニー(現:株式会社FunBase)入社。
2020年 代表取締役社長就任。
2024年 現:株式会社Fun Group Holdings 代表取締役就任。現:株式会社FunRise 代表取締役会長就任。
2025年 株式会社FunFarm 代表取締役社長就任。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
「もっと強くなりたい」幼き日の決意が世界を目指す原動力に。
私の生まれは神奈川県横須賀市で、小学生になるまでは海辺で1日中遊ぶ幼少期を過ごしました。その後は横浜市に引っ越し、小学2年生の頃に父の友人が作ったアイスホッケーチームに入ったことがきっかけで、徐々にアイスホッケーに夢中になっていきました。
長野県との接点は、アイスホッケーをするために軽井沢高校への入学を決めたことから始まりました。もともと小学生の頃から強いチームでプレーすることへの憧れがあり、小学5年生で「県外の高校に行って活躍したい」と考えていたのです。
当時の軽井沢にはスケートリンクが6つもあり、軽井沢高校はベスト8に入るほどの強豪校でしたから、自分の力を試すにはぴったりの環境だと思いました。
高校1年生の終わり頃にはレギュラーの座を獲得し、軽井沢を第二の故郷としてアイスホッケー漬けの青春時代を過ごしたのち、大学でもアイスホッケー強豪の東海大学に進学しました。そして大学3年生のときフィンランドのプロチームから声がかかり、大学を休学して現地へ行きました。
24歳までの3シーズン、冬のみ活動する仮契約の選手として過ごし、1年契約の選手になることを目指してプレーしました。当時はフィンランドのリーグにアジア人が入ること自体が初めてで、メディアに取り上げられ注目を集めました。
しかしなかなか思うように活躍できず、残念ながら3シーズンで契約終了を迎えてしまい、厳しさを実感しました。
氷上から世界放浪、不動産の道へ。軽井沢に導かれた人生の転機。
それまでのめり込んでいたアイスホッケーから離れ、どうしようかと考えた末に世界各国を放浪することにしました。
最初は「メキシコで本場のテキーラが飲みたい」という動機から旅をスタートし、それを達成したあとは7カ国ほどを巡り、さまざまな出会いや気付きがありました。
途中で旅の資金が尽きたら一時帰国して肉体労働でお金を貯め、また海外を見て回る生活を3年ほど続け、合計で33カ国を訪れました。
そして26歳になったとき、アルバイト先としてお世話になっていた軽井沢の不動産会社の社長から「今の生活に飽きたらうちの会社に入ったらどうか」と誘いを受け、二つ返事で了承しました。
軽井沢で青春時代を過ごしたため、この土地がとても好きで友人もたくさんいたことから、戻って働くことに迷いはありませんでした。
スポーツではない一般的な社会人生活に入ったのは、それが初めての経験でした。社会人経験も不動産知識もなかった私は、入社後は先輩の背中を見ながら営業として仕事を始めました。
当時は軽井沢ミニバブルと言われて不動産業が非常に活況な時代で、会社がとても忙しかったためすぐに一人前になることが求められました。
がむしゃらに営業として活動する中で、自分の働きが成果につながる実感を得て、どんどん不動産業の魅力にはまっていきました。その後、上司が会社を立ち上げることとなり、私も創業メンバーとしてそちらへ移ることにしました。
それが当社の前身である株式会社ワタベアンドカンパニーです。前職の社長も公認のもとで一部顧客を引き継ぎ、2008年に軽井沢エリアの別荘管理会社として設立しました。
ホテル運営管理事業への挑戦や新たなエリアのお客さまを開拓しながら、2020年10月に代表取締役社長に就任、さらに2024年にグループ会社を束ねる株式会社Fun Group Holdingsの代表取締役となり今に至ります。
2025年3月には「株式会社FunBase」へ社名を変更し、今が第二創業期であることを意識して経営を進めています。
「NOと言わない」創業期の精神が生んだ、顧客起点の事業モデル。
創業直後は収益が少なく、非常に厳しい時期を過ごしました。しかし辞めようと思ったことは一度もありません。午前中に作業着で草刈りをし、午後は別荘の清掃をする生活をしていましたが、完全にリスタートして新しいことをするのが楽しいと感じていました。
当時の私たちのモットーは、「お客さまの要望に対してNOを言わない」ということです。リクエスト一つひとつへ真摯に向き合い「どうすれば喜んでいただけるか」を徹底して考えてきました。
最初はそれほど管理メニューが豊富ではありませんでしたが、お客さまからいただいたリクエストを実行して喜んでいただけたら、次は「こういうサービスを始めました」と広く周知する方法でサービスを少しずつ拡充していきました。
例えばケータリングサービスもその一つです。バーベキューはホスト側の準備の手間が大きく、せっかく人を招いても話す時間がなかったり、準備や片付けも大変です。
最初は「バーベキューの買い出しをしてくれない?」というニーズから始まり、徐々に「バーベキューの焼き手になってくれない?」と変化していきました。
私たちがそれに全力で応えるうちにお客さまの好評を集め、「また来年もお願いね」と言ってくださり、現在ではケータリングに加えて料理のデリバリーサービスも運営しています。
この軽井沢の地で求められることを突き詰めた結果、今の当社があると思っていますし、会社の方針として掲げた「NOと言わない精神」は今では自然と当社の文化になっています。
喜ばせたい気持ちが原動力。別荘管理業の現場で輝く人材とは。
当社が仲間に迎えたいと思う人材は、人を喜ばせることが好きな人です。なぜなら、別荘管理業は相手のために何かをするのが仕事内容のほとんどを占めているからです。
ただ、お客さまは大切ですが、そのために自分を犠牲にしてほしいという意味ではありません。例え無理難題だとしても、自分たちのできる範囲で解決策を考えて提示し、それによって相手が喜んでくれたら素直に受け取る心を持っていてほしいですね。
その体験から、社員が成長や仕事のやりがいを感じてくれればいいと考えています。現場の第一線に出る営業も、会社を支えるバックオフィスも、根底として良い人であることや誰かの笑顔のために行動するのが苦でない人にとって、当社はとても楽しく働ける職場だと思います。
また、「お客さまに喜んでいただくためにどんな改善ができるのか」と考えるうえでは、専門知識を持った中途人材の存在が欠かせません。
AIの普及などにより急激に社会が変化する中、当社も時代に合わせて会社の制度を整えたり、サービスを増やす対応が求められるでしょう。さまざまな事業を展開している当社にとって、自分自身で何かを変えていける人材は非常に貴重です。
今後は中途採用も積極的に進めながら、既存事業の別荘管理をより品質の高いものへと成長させつつ、お客さまのニーズに合った多角的なサービスを提供して「別荘サービスの総合カンパニー」へと進化していくことを目指しています。
軽井沢の魅力を次世代につなぐ、FunBaseの新たな挑戦。
社名を改めて新しいスタートを切った当社ですが、これからの事業展開における大きな軸として「軽井沢が軽井沢であり続けること」を掲げています。
当社はこれまで17年間、軽井沢の別荘管理を担う企業として奔走してきました。創業当時は「管理業なんて」と言われた時代もありましたが、今では軽井沢の別荘管理業のレベルを底上げする一助を担っていると自負しています。
そんな中でサービスを多角化し、お客さまの面倒をなくすことに加えて「軽井沢を良い思い出にあふれた土地」にしていくことも重要だと考えています。
簡単ではない取り組みですが、誰かがこれをしなければ別荘地としての地位を維持することは難しい。つまり、次世代へ軽井沢の魅力をつないでいく取り組みが今求められています。
その具体的な方法として、当社では家族の歴史や思い出を作る場の提供を行っています。例えば年に1回、最高級の旬の食材を味わう食事会を設けたり、競技バーベキューの講師を呼んで肉を調理するための本格的な講義を受け、実際にお父さんたちが調理したものを家族に振る舞う場をセッティングしたりします。
それらの場を通して、「軽井沢であれを食べておいしかったね」「とても楽しかったね」と思っていただきたいのです。軽井沢での思い出を私たちが主導して作ることで、今の子どもたちが大人になったときに「あの楽しい経験を我が子にもさせてあげたい」と感じてほしいと願っています。
高級ホテルに泊まるより高いコストがかかる別荘の建築・維持管理は、一般的にはぜいたくなものです。それを所有し続けていただくには、別荘に関する面倒ごとをすべてクリアにしたうえで、楽しい思い出も作らなくてはなりません。
それこそが軽井沢という場所の価値を高めることにもつながると考え、当社は挑戦し続けています。
お客さまと地域に寄り添い、大切な資産を任せていただける存在に。
私にとって、アイスホッケーを通じた軽井沢との出会い、そして不動産業との出会いはかけがえのないものとなりました。
この業界に入ってから20年ほどになりますが、まだまだ挑戦したいことがたくさんあります。周囲に「生まれ変わっても軽井沢のリゾートで不動産をやりたい」と公言するほど、この土地と仕事が好きです。
それは軽井沢という街の不動産が大きな力を持っているからだと感じます。昔からこの土地には成功した方々が集まり、別荘を利用しながら政治や大きな仕事が決まっていきました。別荘がそんな大きなスケールの話の中心地になるのは、軽井沢ならではのことです。
加えて、不動産は産業全体で見ても市場規模が大きく、街を動かす存在です。そんな業界に携われることが私の大きなやりがいにつながっています。
管理業の魅力は、何と言ってもお客さまとの距離が近いこと。だからこそお客さまのニーズを間近に感じられ、最も信頼していただける立ち位置になれます。
近年では全国の主要リゾート地や東京都内の案件を抱えるなど、事業領域は軽井沢から全国へと広がっています。
当社は、事業目的である「軽井沢での思い出づくりをお手伝いすること」「お客さまの大切な資産を守ること」「事業を通じて社員の人間的成長、地域の雇用を創出すること」を今後ますます追求しつつ、これからもお客さまの心強いパートナーとして歩んでいきます。
そんな仕事に魅力を感じる方、挑戦してみたいと思う方はぜひ仲間に加わってほしいですね。